アイデンティティのある音 2017 2.9
- Mie Ogura-Ourkouzounov
- 2017年2月9日
- 読了時間: 3分

2017年あけましておめでとうございます!(遅っ!) 今年の滑り出しは好調です。体調第一に、無駄な時間やお金を削って、なるべく少ない時間を使って目標に向かって邁進したいと考えております。 ところで。。。 ここのところ、フランスミュージックというラジオ局をずっと家でかけていて、(このラジオ局はなかなかバランスよくいろんなジャンルの音楽をかけてくれる のですが)たとえば現在行われているナントのラ フォルジュルネや、昼には現代音楽のコンサートの録音、夜には近所のフィルハーモニーホールでやっている ジャズのコンサートの実況など、私のように小さい子どもがいて家からなかなか出られない人間でも享受できるわけです、ありがたき幸せ。 しかしそれで感じることなのですが、、、ジャズでもクラシックでも、アイデンティティを感じる音を聴くことがすごく稀だ、ということです。だれが曲を作っ てもどこか同じ、だれが弾いても似てる。。。どこかできいたことがある演奏。何を考えて演奏しているのか、見透かされてしまう薄っぺらい演奏。もしかして 音楽でもポピュリズムの台頭?トランプの出現に似た大衆迎合主義?音楽の複雑さ、多様さが少なくなり、誰が聴いても分かりやすく、一次元のみの単純な音楽 が多くなったような?別にそれが悪いというのではないです。そういう深いアイデンティティのある、複雑な要素のある音を求めること自体が少なくなってきて いるのではないか?と思うんです。 今年から音楽院のフルートのクラスでは試しにジャズを全員にやらせています。といっても、まだまだフランスの音楽院はクラシック専門!ソルフェでもオケで も、やはりヨーロッパ的に、書いたものをクラシックのスタイルにあわせて教えているのみ。だからなるべく入門的に、あまり最初から深入りはせず少しずつ怖 がらせないように。。。でも生徒にマイルスデイヴィスのソロを聴かせたときの反応がすごかった。 「え?先生、これ、本当にトランペットなの?」 そう、楽器の音を超えている、、、それこそがマイルスの音。その楽器の音を超えてその人の声を表せること。それだけにしか私の興味は向いてないから、この生徒の率直な反応が、素晴らしいと思う。 ほかにも「ほんとうに即興なの?ものすごく確信に満ちていて、書いているように思えるけど」 これも面白い。即興イコール事前に練習していない不確かなもの、と思っていた子が、その逆の印象をもった訳ですよね。たしかに、その瞬間でその場でしかあり得ないフレーズを吹いているのだから、それはその瞬間世界一確信のあるフレーズである。 このふたつの反応は、ジャズの、ひいてはすべての音楽の本質をついている。 いったいほんとうに、ひとりひとりが、その場で感じたことを自分の音で一音でも出せるようになったら、、、これは私の教えている上での一番私が願っていることです。私自身、そういう音を出せるように、今年は毎日自分と向き合っていきたい。これは簡単なことじゃないけど。 そのような音の内には多様性があり、自然な複雑さと単純さの同居していて、それこそがその人のアイデンティティを表しているのではないだろうか。 音はオンプじゃなくって、エネルギーだだからそういう音にのみ何かを変えられるようなエネルギーが宿っている。 ラジオからだって、教室からだって、時にはそんな音が聴こえて来ることだってある。そんな音を聴いた日は、ほんとに元気になれます。
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